破産管財人の否認権|自己破産前に他人に渡した財産が没収!?
「借金が苦しいけれども、破産はしたくないから、金目の物を売り払おう。」
「破産することになってしまったけれど、せめて、友達からの借金の残りは全部返しておかなくちゃ!」
これらは、自己破産したいという方々がついしてしまいがちな問題となってしまう行動の代表例です。
他人に売り払った金目の物や、先走って返済した借金は、「破産管財人」と呼ばれる自己破産手続の監督役に取り戻されてしまうこともあります。
このように破産管財人が債務者から流出した財産を取り戻す権限は、「否認権」と呼ばれています。
このコラムでは、破産管財人による否認権についてわかりやすく説明します。
このコラムの目次
1.否認権の内容と目的
「否認権」とは、破産管財人が、債権者への配当を確保するために、破産手続開始決定前に債務者から他人の手に渡った財産を取り戻す権限のことです。
自己破産手続は、お金を返してもらえなくなる債権者からすれば、債務者の財産から少しでもお金を回収するための手続です。
破産管財人は、債務者の財産を換価(売り払って現金にすること)して債権者に配当します。
そのため、破産管財人は、債務者の財産を調査して管理するための様々な権限を持っています。
否認権は、その権限の中でも特に強力なものなのです。
原則として、債権者に配当される財産は、裁判所が自己破産手続を始めることを認める破産手続開始決定をしたときに、債務者が持っているものに限られます。
しかし、破産手続開始決定の前に、債務者が金目の物を他人に譲ってしまうと、債権者への配当が減ってしまいます。
また、たとえば、友人に貸しているお金だけを一気に返してしまうと、友人だけが得をして、友人以外の債権者が損をしてしまいます。
このような事情がある時には、破産手続開始決定の時に債務者が持っていない財産であっても、配当の対象とするべきです。
否認権は、破産管財人が、債務者が破産手続開始決定前に手放した財産を取り戻し、債権者に適切な配当をするための権限なのです。
2.破産管財人による否認権が行使される場合
否認権の行使は、大きく分けて2種類のものがあります。
ひとつは、債務者が他人に財産を流出させて、債権者全体への配当そのものを減らしてしまったときに、流出先から財産を取り戻すもの。
もうひとつは、債務者が特定の債権者にだけお金を支払うことで、ほかの債権者への配当を減らしてしまったときに、支払先の債権者からお金を取り戻すものです。
(1) 債権者全員への配当が減ってしまった場合
債権者全員への配当を減らすような行為は、「詐害行為」と呼ばれています。
詐害行為がされた場合に否認権により財産が取り戻されてしまう場合は、基本的に、債務者も取引相手も、将来の破産手続で債権者への配当が減ることになるとわかっていたときに限られます。
もっとも、時期や相手など取引の具体的な内容によっては、詐害行為となる条件や、否認されてしまう条件が異なってきます。
これから具体的な詐害行為の種類を説明しますが、あくまで目安です。
そもそも、借金返済に苦しくなってきたら、金目の物を売ってどうにかしようとは思わないでください。
財産を不当に安く売る
詐害行為の典型的なパターンは、財産を他人に投げ売って借金返済の資金を作ろうとすることです。
将来の自己破産手続で配当が減ると、債務者も取引相手もわかって取引をしたのであれば、何年前の取引でも、法律上は詐害行為になる可能性があります。
とはいえ、実際のところ、将来に自己破産するかどうかわかっていたと証明することには限界がありますから、目安としては、破産開始決定より2年程度前までの取引が問題になります。
また、財産をタダで他人に譲っていた場合には、露骨に配当を減らすことになります。
本来ならば正当な目的がある財産移転制度も、あまりにその内容が不自然であれば、詐害行為となりますし、否認されるおそれが出てきます。
たとえば、相続の協議で自分が相続するはずの財産を他の相続人に全部割り振ってしまったり、離婚の際に夫婦財産を分け合う財産分与によってほとんどの財産を相手にわたしてしまったりする、などの行為には要注意です。
適正な値段で売却した場合の注意点
財産を安売り、またはタダであげたりせず、適正な値段で売却すれば、他人に渡した財産の代わりに、現金などの財産が手元に残ります。
債権者への配当が減ることにはならないので、詐害行為にならないように思えます。
実際、原則は詐害行為になりません。
しかし、現金は、すぐに使ってしまうことができます。また、隠したり捨てたりすることも簡単です。
そこで、適正な値段での取引でも、以下のような条件を満たしたときは、詐害行為になる可能性があります。
- 取引により財産を減らしたり隠したりしやすくなった
- 債務者は、取引で手に入れたお金などを使ったり隠したりしようとしていた
- 取引相手が債務者とグルだった
具体的には、協力して自己破産の前に財産を隠そうとしたなど、かなり例外的な場合に限るでしょう。
なお、本当にその値段が適正と言えるか?という段階が大きな問題になります。
特に、不動産のように非常に値段が高く、かつ、金額の評価があいまいな財産を売るときは、弁護士の助言を受けつつ非常に慎重にしなければ、不適正な値段で売却したとされる可能性があります。
(2) 特定の債権者だけを優先した場合
全ての債権者への支払いができないのに、特定の債権者だけにお金を支払うことは、「偏頗弁済」と呼ばれています。
偏頗弁済は、自己破産手続の重要なルールである、「債権者平等の原則」に反します。
「債権者平等の原則」とは、自己破産手続では、債権者は公平に扱われなければならず、原則として、ある債権者だけが得をしてはならないという決まりです。
一般的には、債務整理のために弁護士に相談したときからあとに、偏頗弁済に当たるおそれが高くなります。
もっとも、これはあくまで目安です。弁護士への相談1か月前に支払ったからセーフというものではなく、具体的事情から判断されます。
偏頗弁済を受けた債権者が、債務者がほかの債権者への借金を支払いきれなくなっていることを知っていれば、否認権の行使により、支払われたお金を取り戻されることになります。
偏頗弁済も、具体的な事情により、否認権が行使される可能性は変わってきます。
親族などへの返済は要注意
親族からの借金は特に気を付けなければなりません。
多くの人が、家族関係の破綻をおそれて、偏頗弁済をしてしまいがちです。
また、親族や債務者と同居している人は、偏頗弁済を否認されやすくなっています。
債務者の親族や同居人は、債務者が借金に困っていることをよく知っているだろうと疑われてしまうからです。
家賃・水道光熱費、税金など
家賃や水道光熱費、税金や保険料などは、債権者平等の原則の例外となっています。
そのため、これらの支払いは偏頗弁済には当たりません。
もっとも、滞納している場合は問題になることもありますので注意が必要です。
債務者の財産を借金の担保にしている債権者は、債権者平等の原則の例外として、配当手続によらずに、自ら債務者の財産を競売で売り払い借金を回収できます。
ですから、実際にお金を返していなくても、すでにある借金に新たに担保を設定すると、偏頗弁済と同じように扱われる可能性があります。
3.否認権が行使された場合に生じる問題
否認権の行使自体は、直接的には債務者にはかかわりません。あくまで債務者から財産を受け取った他人に対して、破産管財人が要求するものだからです。
しかし、否認権が行使されるような場合、否認権の行使自体の影響、または、その前提となる詐害行為や偏頗弁済の影響により、債務者に問題が生じることがあります。
(1) 否認権を行使された相手に自己破産がばれる
当然ですが、一度相手へ渡った財産が取り戻されてしまうわけですから、相手はその原因である債務者の自己破産を知ってしまいます。
自己破産したことは、官報で公開されますが、普通の人は官報など読みません。ほとんどの場合、自己破産は他人には秘密にできるのです。
しかし、否認権の行使は、特定の相手に直接、自己破産の事実を知らせてしまいます。
たとえば、ケガや病気などで休職中、勤め先に税金や保険料を立て替え払いしてもらえることがあります。
税金や保険料自体は、偏頗弁済の問題になりませんが、立替払いしてもらった場合、勤め先が債権者になりますから、話は別です。
破産管財人が立替払い分の勤め先への支払いを否認してしまうと、債務者が自己破産したことが勤め先にばれてしまいます。
(2) 自己破産に失敗してしまう可能性
自己破産手続では、必ず借金が免除されるわけではありません。
「免責不許可事由」といって、借入原因が浪費やギャンブルだった場合など、一定の場合には借金を免除しないという定めが法律にあります。
そして、否認権行使の前提である詐害行為や偏頗弁済は、免責不許可事由にもなっています。
ですから、否認権の行使が問題となる場合には、同時に、自己破産が失敗するリスクも生じるのです。
もっとも、免責不許可事由がある債務者でも、ほとんどの場合は借金を免除してもらっています。
裁判所が債務者の態度など一切の事情を考慮して借金を免除する「裁量免責制度」があるからです。
ただし、債務者があまりにも態度が悪い場合には、本当に借金が免除されないこともあります。
- 時期が申立てのあとだったり、金額が大きかったりなど、具体的事情が悪質
- 詐害行為や偏頗弁済をしたことを裁判所や破産管財人に対して隠すなど、手続の中でも反省の態度がない
以上のような問題があると、免除されない可能性は高くなります。
正直に偏頗弁済や詐害行為などをしてしまったことを説明し、破産管財人の否認権行使に協力を惜しまないようにしてください。
(3) 自己破産手続の費用や手間などの負担が重くなる可能性
最終的に借金を免除してもらえるにせよ、詐害行為や偏頗弁済など免責不許可事由があると、手続費用や負担が重くなる場合があります。
自己破産の手続には、管財事件と同時廃止という二つの種類があります。
債権者に配当できる財産があるとき、または、免責不許可事由が疑われると、裁判所は破産管財人を選任する管財事件で手続を行います。
そのような事情がなければ、破産管財人を選任せず、比較的、内容が簡単になっている同時廃止が用いられます。
もし、本来なら同時廃止で自己破産手続を進められるはずだった場合に、偏頗弁済や詐害行為をしてしまうと、否認権を行使して財産を取り戻すために破産管財人の選任が必要になってしまいます。
破産管財人が選任される管財事件では、破産管財人に少なくとも約20万円の報酬を支払う必要があります。
借金を免除してもらうために、否認権の行使に誠実に協力しなければいけませんから、手間やプレッシャーも大きくなります。
4.まとめ
自己破産手続は、債務者だけでなく債権者のことも公平に配慮がされている手続です。
自己破産により借金を返してもらえなくなる債権者の利益を守るために、配当手続をする破産管財人は、強力な権限が与えられています。
その代表例が、このコラムで説明した否認権です。
借金の返済に困り、自己破産を検討し始めている方は、すでに破産管財人により否認権を行使されるリスクを持っています。
その様な状況下で、金目の物を売り払い、また、友人や親族にだけ多く返済をすると、詐害行為や偏頗弁済をしたとして、否認権を行使されてしまいかねません。
借金問題については、無理をせず、できる限り早くから弁護士に相談するようにしてください。
泉総合法律事務所では、自己破産をはじめとした債務整理手続の経験が豊富な弁護士が多数在籍しております。借金の返済に悩み、自己破産も視野に入れて債務整理を検討されている方は、是非、お気軽にご相談ください。
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